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カテゴリ:供養( 105 )

供養・コメダ珈琲

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今日は、愛知県岡崎市岡崎市民会館にて、岡崎市民大学で講演をさせていただきました。40周年で、今年初回の講師をさせていただき、とても光栄でした。四国遍路90分の旅に一緒に行っていただきました。終わってから、以前、取材でお世話になった方の供養に行きました。その人は毎年、亡くなった8月が近づくと「線香は?」と、言われるのですが、今年は「コメダの珈琲」でした。そこで、お嬢さんと、コメダの珈琲店に行き、亡くなった方の珈琲も頼み、供養茶飲みをしました。コメダの珈琲が大好きだったそうです。一生やんちゃだった「ぱぱさん」の話をしながら弔いました。一時間すぎても、その人のアイスコーヒーだけ、氷が溶けなかったのが、とても不思議でした。その「ぱぱさん」のお陰で、お嬢さん家族と、穏やかで楽しい時間を共有させていただけるようになり、感謝です。ところで、「ぱぱさん」が生前、あるお寺から買った毘沙門天様を亡きあと、お嬢さん家族から譲り受けました。きれいな仏様で、毎日しっかり拝んでいました。数ヵ月後、夫が、その毘
沙門天様が木製でなく、プラスチックであると発見しました。「。。。。」。「ぱぱさん」も私も、お寺に騙されてしまいました。でも、中国製のプラスチック毘沙門天様を私は今も、しっかり拝ませていただいています。そうして、その毘沙門天様を通じて、「ぱぱさん」が欲しいものを私に知らせるのです。

吉原遊女の供養

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関東大震災で亡くなった吉原遊女の供養に行きました。月一回で14年間供養をさせていただいています。今日も35度。炎天下での供養ですから、暑いのが好きな私でも、やっぱり暑かったです。でも時々風が吹いてくれるので、それが嬉しくて嬉しくて。風に黒衣の袖の中に入って貰おうと、合掌したまま腕を少し上げて、袖の入り口を広げてみるのですが、風はそこまでは入ってくれません。夏の黒衣を用意し忘れ、春・秋・冬用の黒衣ですから、サウナ状態です。真夏の遍路の方が、長時間だし、歩き疲れはあるし、もっともっと大変なのに、辛さを忘れ、目先の今の辛さに、わーわーしていて、だめですね。世俗的まみれで。今日、若い僧侶が私服でお参りに来られていました。お花も生けてくださいました。この場所が多くの人に知れ、お参りしていただけることは、遊女にとって、とても嬉しいことだと思います。

吉原遊女の供養

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月に一回の吉原での供養をしました。なんと!観音様の前の頑丈なお賽銭箱をバールで壊されちゃって、3分の1くらい、お賽銭を盗まれちゃったそうです。早朝、盗んでいるとこに、常連のお詣り女性が来たので逃げたそうです。だから全部盗めなかった。私は、積み立て金のつもりで、毎回お賽銭箱に入れていたのに。。町内会の方が、貯まるのを楽しみにして、敢えて一年間、お賽銭箱を開けないつもりでいたそうです。これからは毎週開けて!と、お願いしました。お賽銭箱を治して下さった職人さんに、観音様前の喫茶店「鈴乃音」で会いました。鈴乃音のママは、本当に料理がお上手で、魚定食を私は必ずいただきます。ここには、地元の老若男女から、吉原で働いている人、リタイアした人、大学生、七福神参りの人、坊主(私)など、狭い店内にいろんな人が集まって、知らないお客まで会話に入っています。この近くに住んでいれば、食事を作らない私は、一生食事にありつけるな、なんて考えながら、定食をいただいています。来月からは暑くなるし、蚊が増えるの
で、今がとてもいい季節。お詣りする所なので、蚊も殺せません。虫除けの腕輪を腕と足首につけ、足元には虫除けのベープやアースをおいているのですが、草木が多いので毎回刺されまくりです。吉原の遊女たちは、蚊帳(かや)もなく、夏は、蚊に刺されまくりだったのでは?そんなことを思いながら、蚊に刺されながら供養をしていました。

吉原遊女の供養

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1923年9月1日、関東大震災の時、この場所で亡くなった約500人の吉原遊女の供養を毎月させていただき14年。今年は関東大震災から90年になるのですね。ここは池がありました。この池に火災から逃れるために遊女が飛び込み、次々と上から飛び込んできて、溺れて約500人が亡くなったのです。とても悲しい場所ですが、毎月一回、ここに来て、遊女たちに会うのが、とても楽しみなのです。14年前、ここで毎月供養をさせていただくと決めてから、お経をずっと上げてきたのですが、下手だったと思います。得度をしただけで、僧侶でなかったから。でも遊女たちは、下手なおお経を一生懸命受け止めようとしてくれました。もっと上手なお経が聞きたかったのでしょう。私を僧侶にするため、どんどん道をつけてしまったのです。お経は、やっぱり男性僧侶が上げた方が素敵ですが、遊女たちが一生懸命聞いて、お経を受け入れてくれるので、私もウチにいるような穏やかな気持ちで、お経を上げさせていただいてます。明日は鹿児島。師僧である池口恵観大僧正が
、八千枚護摩行100回目を成満されます。

吉原遊女の供養

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1923年9月1日関東大震災で亡くなった吉原の遊女の供養に行きました。毎月の私のお勤めです。終わった途端、雨が振りだしました。今日は関東は大変な荒れ模様になるとのこと、残り桜の花びらを浴びながらお経をあげていました。また来年まで桜吹雪をここで見られないと思うと淋しくなりましたが、これまでのように遊女たちは桜吹雪の中で、私のお経に合わせて舞ってくれることでしょう。浅草ロック座の齋藤社長さんが、この地を見つけ、人の入れないようなところだったのに、きれいにしてくださったのです。今もそうです。そして、齋藤社長さんに教えられ、ここに来てから、私の供養も始まりました。14年前のことです。私のライフワークです。およそ500人の遊女たちが成仏するまで、私は毎月拝ませてもらいたいと願っています。終わったら、向かいの喫茶店「鈴の音」で、美味しい美味しいランチをいただきます。これが楽しみ。下町らしいチャキチャキのきれいなママで、地元のお客様が集まってきて、みんな知り合いみたいなとこです。

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