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カテゴリ:人生( 34 )

銀行口座を開きたいのに。。

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個人口座を開きに行ったら自宅か勤務先の近くの店舗でしか開けないと言われました。テレビ電話で開けますよと言われ、テレビ電話でやっても結局、同じ。家の近くでも、かえって不便な場所ってあります。住まい近くでも駅の向こうに行かないといけないなら、よく使う駅前の支店の方が便利です。ネットバンキングはしないし、便利なとこで、個人口座を開いちゃいけないのか!今、いろいろうるさくなってきてるので。。って言われましたけど。それに年金手帳見せて下さいって言われましたが、私はまだ年金を受給される年ではありません。何のための写真付きマイナンバーカードかしら!?見せても効力を発してくれない。マイナンバーカードを見せても運転免許証は?と聞かれました。なんか私、詐欺メンバーとか怪しい人に見られたみたいですね。結局、今回、個人口座は開けませんでした。こんなの初めて!

ウチのチビ(娘)がモデルに!?

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生まれた時は1740グラム、缶詰のミルク40ccを2時間かけて飲んでいたので、彼女の父親が「チビ」と、ニックネームをつけました。離婚後も彼女はずっとアメリカで育ち、今は結婚もしています。保育園で働きたいと言ってたのに、いつのまにかモデルをやっていました。とても繊細な子だったのに、少し逞しくなったようです。

雑誌インサイト

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雑誌・インサイトさんのインタビューを受けました。座右の銘について聞かれました。流れに任せてきた私の人生に、座右の銘はないのですが、法話をさせていただく時、高野山本山布教師なので必ず弘法大師空海のお言葉を入れます。背暗向明(はいあんこうみょう)という弘法大師空海のお言葉をインタビューでお話ししました。意味は、12月末発売のインサイトをお読みいただくか、拙本「女性のための般若心経」をお読みいただくか、または私の法話をぜひお聞き下さい。

自衛隊の戦車

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自衛隊基地で取材で見た時より、東京のど真ん中で見る戦車の方が、ずっと迫力あります。トラックに乗せられ、移動をし、道端には、道案内の自衛官が立っています。この道の先は、豊洲、有明など海。船で運ばれるのでしょうか。守るために深夜、頑張って下さる人々がいます。

自衛隊の戦車

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23時、八重洲通り(東京)を自衛隊の戦車が、次々と運ばれて行きます。異様な光景です。都会の真ん中、わざわざ深夜に移動をしているのですね。東日本大震災の10日くらいあと、少年院・榛名女子学園から出てきた私は、被災地に向かう自衛隊のトラックに出くわしました。一心に合掌してお礼を申し上げていた、あの時が蘇りました。

娘の父親の訃報

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先月末、アメリカにいる娘が慌てて電話してきて、ダディが倒れて移植手術を受けることになって。。と聞かされました。昨夜は、危篤と電話をしてきましたが、遠隔で私が見て「大丈夫だから」と答えた通り、今朝は回復し、ドナー待ちリストの1番に上がったと娘は喜んでいたのですが。。夕方急変し、亡くなったと。。私は耳の病気で飛行機に乗れません。泣いているわが娘を抱きしめてあげられないことが辛いです。

内田雅章さん、エクセリング木谷真規さん

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六本木の凄く素敵な京料理店「花郷」で、ご一緒させていただきました。内田雅章さんは、ヒューマンコーディネーター、木谷真規さんは、私のお仕事の窓口になっていただいている、いわゆる事務所「エクセリング」の社長です。若くてきれいで、誠実で、穏やかで、社長をそばで見させて貰うだけで、静かな嬉しさをいつも感じるのです。そして内田さんは、人脈作りのプロフェッショナル。ここのブログに高知のボンドガールに登場してもらいましたが、内田さんはボンドマンです。私と正反対で、人の中に自然の感触で入って行かれるのに、凄い長けてらっしゃいます。天才的ですが、天才ではありません。人の何倍も仕事をされ、努力されてるからです。でも、必ず持ってらっしゃる物は、私とよく似てました。切手、フリスク、薬、バンドエイド類、二枚のパスモ、スイカ(地下鉄やJRのカード)。。私はハサミや裁縫道具も持っており、この写真のボタンが取れたので、JR中央線のドア脇に立ったまま、ボタン付けしました。一番上のボタンつけを着たまま電
車内で立ったままですから、とても見辛く、指の感覚を頼りに針穴を探し縫いました。裁縫道具とハサミは便利です。他に私は、小さなうがい薬や消毒ペーパー、抗菌、アレルギー、疲れ目と3個の目薬、いろいろ使えるエルメスの大判スカーフ、どこでも拝めるようミニ理趣経や観音経本、歯ブラシセット、口腔歯磨き液、インフルエンザ・風邪予防のプロポリスキャンディなど、まだまだいっぱいあり、レスポートサックのバッグでないと、うまく納まりません。内田さんは10分以内に、結果の返事を出されるそうです。その場その場で、仕事と対面し、こなして行かないと、仕事が片付かないのです。でもその中で人をとてもとても大切にされてらっしゃるから、ボンドマンになれるのでしょう。木谷さんもまた、眠らず仕事をしても、それを人に言わず、普通にしているような女性で、よく似てます。いい仕事がないという声をよく聞きますが、まずは、お二人のように、つべこべ言わず、一生懸命働働き続けてみることも大切ではないでしょうか?

高野山

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今日から高野山に駐在し、布教をしています。総本山金剛峯寺に高野山参与会の説田さんが、法話を聞きに来て下さいました。秋のお彼岸以来のお当番なので、感覚を取り戻すまで、一回目の法話は、ぎこちない所があったかもしれません。説田さんのように、今日もお大師様大好きな方々が大勢来られました。明日は奥の院なので、もっともっとお大師様のお近くに1日中居られます。でも高野山はまだ冷えます。夕方になったら、内側がネルの足袋をはいてても足の先が冷たいです。私は、弘法大師空海・お大師様の修行時代にとても魅かれます。だから遍路や水行、霊山行(れいざんぎょう)をしてお大師様の後を辿らせていただいてるわけです。そのお大師様の修行時代に、「何度、岐路に立って泣いたことか」と、お大師様は書物に残されています。ほっとさせてもらえる一文です。やっぱり、お大師様だって、迷われたり、壁にぶつかったりされたんだ。。と、思うと、人生は、やっぱり誰もが、山あり谷ありなのだから、無理をしないで頑張ろう!と、元気が出てきます。

高野山高等学校

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世界遺産・高野山で、今日は本山布教師の総会があり、始発電車で向かいました。そのあと高野山高等学校へ。今日の高野山は暖かでした。といっても海抜千メートル。まだ寒いです。今年から、高野山高等学校の特任講師を拝命いたしました。高野山高等学校って、いろいろ興味深い特長があります。通えない生徒さんは寮生活できるし、寮の先生は僧侶です。普通科には、スポーツコース、特進・自己探求コース、介護福祉士コース、それから宗教科もあります。先生と生徒の関係が厚く、高野山という聖地の自然の中で皆と一緒に学んで行きます。問題や家庭などに深い事情のあった子供たちが、高野山高等学校に進学し、少しずつ変わって行きます。校長先生は、穏やかで温かな心の持ち主ですが、立ち止まって満足していない、ポジティブパワーをたくさんお持ちです。そして宗教科の富田先生が、またいい先生なんです。布教師になるための講習会が年に2回一週間ずつあるのですが、私はその間、食欲も睡眠欲も失い、食べれない眠れない、お茶紅茶を飲むだけの厳しい毎日をすごし
ていました。そこで隣の席だったのが富田先生。ずいぶん助けてもらいました。富田先生の僧侶としての美しい所作を隣で盗み見させてもらうだけで、心がホッとしたものです。その富田先生は、姿は優しいお坊さんなのに、生徒のこと学校のこととなると熱血なんです。神戸新聞や中日新聞の文化センターで、ノンフィクション講座を持たせていただき、大人たちには教えさせてもらいましたが、高校の教壇に立つのは、教育実習以来です!しかも共学。私は日大豊山女子高等学校に行かされたので、男子高校生は初めてです。一年間、少年院に毎週通ったのも女子少年院・榛名女子学園でしたし。。共学で教えられるなんて、怖いような嬉しいような、新しいことって、わくわくしますね。そして、回を重ねると必ず壁にぶつかるものです。でも壁は、私を成長させてくれるチャンスです。早く壁が来ますように。。そのためには、頭が悲鳴あげるくらい、たくさん勉強しなくては。。本当に勉強しなくては。。と、今自分に言い聞かせている私です。

ウチの娘・ジュリアーナ

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送ろうと思ってて送れてなかった二年分の写真、50枚以上と、手紙を30組以上を一度に送ってきました。なんという怠慢な娘。ジュリアーナは、ハワイのアメリカ軍トリプラー病院で生まれた時、1740グラムしかなく、ついたニックネームがチビでした。未だにアメリカで、チビと皆に呼ばれていて本人は、キュートだと、気に入っています。彼女はずっとアメリカにいます。私が耳の病気で、飛行機に乗れなくなって、ずっと会っていませんが、電話は、ちょこちょこ掛け合っています。チビには、いいお母さんがいますが、産みの親のことも、とても愛してくれてます。でも英語しか喋れないし、肌の色や顔つきが違うので、私は彼女が小さい時から、娘というより、一人の可愛い女の子として、主観的客観的に尊重して接してきました。何もかもが新鮮で。。ハイスクールの頃から彼氏が何人か変わりましたが、一年前から付き合っている彼氏はとてもいい人で、元夫ファミリーとも、うまく行ってるそうです。英語が得意じゃない私は、最初、この彼のことをジュリアーナから聞い
た時、DJと言うので、てっきりクラブDJと思ったのです。(よくもてるだろうから苦労するな。でも好きな時は何言っても聞かないだろうし、まあ恋が終わるまで見守ろう)と、ただのろけ話を聞いていた私でした。が、ある日、「DJと一緒に住んでる。結婚したい」と、言い出したのです。よく厳しい元夫が家を出るのを許したなあと思いましたら、「家を出たくて出たくて。。やっとマミーが離婚した理由が解ったわ」なんて理解を示してくれました。「でもね、DJって一生ものじゃないから、彼は将来何か仕事を考えてくれないとね」と、決意して偉そうなことを言いましたら、「何言ってんの?マミー!DJって名前だよ」と、笑われてしまいました。私の英語力はそんなもんです。写真を見ながら、メイクが濃いなあ、注意してやらなきゃと、思いながらも、自分も若い時は濃かったななんて思い出しました。私の予言では、ジュリアーナはDJと結婚しますが、できの悪い母親としては、彼女の望み通り、うまく結婚までこぎつけますよう
願うばかりです。娘に限らず、恋をしている女性を見るのは、楽しくて幸せのお裾分けをもらえますね。

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