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カテゴリ:人生( 34 )

下高井戸

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初めて、下高井戸駅で降りました!京王線に乗ったのは、高尾山に車でなく、電車で行ってみた時以来ですから、7年くらい乗ってなくて、スイカで改札通れるのかな?なんて、ちょっと戸惑いながら、東京人らしく普通にツカツカと新宿駅を歩いて乗り換えしました。写真は下高井戸駅西口を降りたところ。商店街が大好きなので商店街に感激しました。目的地が近いはずなのにわからなくて、3人の方に聞きました。3人とも大阪人みたいに「どこどこ?」と探して下さいました。パソコンを開いて下さった人も!結局、同じビルだったというオチつきでした。(東京人って道を聞いても、いいところあるじゃん!)と、小さな感激。大阪人みたく、さらに「なにしに行くん?」と聞かれないとこが、快適でした。帰り、新宿をブラブラするつもりでいたのに、流れにまかせていたら、京王線の改札から直接JRに入ってしまったので、そのまま中央線に乗って帰りました。外堀通りを車内から眺めていると、この桜の季節いつも、大学入学のため、飯田橋に住み始め
た頃のことを思い出します。怖いほどパワーがあって、具体的でない夢を持てて、自由とは責任を自分で持って得ることができることも知らず、今日は何して遊ぼうかなんてことばかり考えてました。その頃と、全く違う道を歩いている私ですが、やりたいことは何でもやってみたらいいと思います。悪いことや人に迷惑をかけることはダメです。やりたいことが2つあれば両方一生懸命やったらいい。やがて道ができてくると思います。大切なのは立ち止まらず、前に一歩出ることです。歳を重ねて来てからの一歩は、無理をしないで人と比べないで、自分の歩幅にしましょう。

東日本大震災

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復興支援の出店で、一年半前に購入させてもらいました。あの一本松のお数珠です。その頃、被災地の子供たちが、僧侶に連れられて、高野山奥の院にお参りにきてくれました。私はちょうど法話をしている時に、彼らを見かけました。いろんな苦しいこと、どうしようもなく悲しいこと、一人一人がいっぱい抱えているはずなのに、それを欠片も見せず、子供然とふるまっている姿に、圧倒されました。なんと尊い姿。。私だったら、子供たちのように、回りの人に心遣いできるだろうか。。子供たちの澄みすぎるほどの清い目を思い出します。

吉原遊女供養

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毎月一度、14年前から続けている吉原遊女の供養に行きました。1923年9月1日関東大震災で亡くなった五百名以上の遊女とお客さんの供養です。今日は、この吉原地区で3月3日から行われている、吉原芸術大学大サービスの最終日でした。供養をさせていただいている吉原観音様と弁財天様のところも、オブジェが飾られたり、遊女ファンショーなども行われていました。お地蔵様が写っちゃうので、その模様を撮れませんでした。地元の人々や、東京芸大の学生さん、武蔵野美術大学の学生さん、また卒業生の皆さんが、いっぱいいっぱい吉原を盛り上げて下さいました。今日は拝んでいると、あちこちに亡き花魁が現れてくれましたから、それぞれにシュートしてお経をあげさせていただくことができました。きれいでしたよ。途中、雨がパラパラしてきたので、毎週お参りに来て下さっている方に、亡き花魁が立っているところで傘をさしていただいたり。。でも傘のさす場所が低くて、「かんざしが、ひっかかっちゃうから、もっと高くしてください」と、お願いしたり。。(
丈の高い下駄をはいているので、かなり背が高くなるのです)鳥居のオブジェを本物と間違えて、亡き花魁が、「くろべえ稲荷だ」と、お参りに現れたりと、現実の世界も、過去の世界も、どたばたしていて、両方の世界を一緒に見ることができる私も、楽しみながら供養をさせていただきました。でも、なんとかお経を受け止めたいと、すがる表情で、私に近づいてくる男性もいて、涙を誘われました。かつて3月になると、吉原には数千といわれる桜の木が植えられました。吉原遊廓の入り口、大門(おおもん)の近くにあったあいぜん桜をこの地にまた植樹されるそうです。満開の日がとても楽しみです。

ミルクティー・サロン・ド・テ・ベルナルド・リーガロイヤルホテル大阪

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オープン以来、ちょこちょこと、ボーッとしに来ています。今日も、薄めのアッサムB.O.Pをセヴィーユというカップでいただきました。ここは好きなカップを選ばせて貰えるのです。なんだかとってもゴージャスな気分。アッサムは、とってもまろやかで、これは自分で煎れそうもないなと、悔しいですが先負です。私は、作家という人と比べようのない職業につけたため、闘争心というものがあまりありません。テレビの仕事では、多くの出演者たちが、笑いながら、物凄い闘争心を剥き出しにしてくるので、引いてしまいます。だから利用されちゃったり、被害を受けることがあるのですが、私はいつも「絶対、一番にならないでおこう」と、思ってきました。富士山って日本で一番高く有名ですよね?何度も登らせて貰いましたが、感激感激の素晴らしい霊山です。じゃ二番目に高い山は?御岳山(おんたけさん)かしら?二番目は、そういう存在なんです。ピリピリしてなくて、能力以上に無理して頑張らなくて良くて、マイペースで、一番の後について行けばいいのです
から、居心地良さそうではありませんか。その場その場で、いち早く自分の役割を察知し、それをやり遂げるって大事なことだと思います。会社でも、経営者がいて、会社員がいます。自分が、どちらに向いているか、見つめて理解できたら、それに向かって歩いていくことが大切ではないかと思います。なぜ、私はこの世に生まれたの?わからなければ、人を喜ばせることをしなさいと、弘法大師空海はおっしゃいます。あなたによって、人が喜び、その笑顔を見ることができたら、きっとなにか感じられることでしょう。
明日は青森。東京の最高気温が20度、青森市は7度と予報が出ています。明後日は最高気温が2度!

講演・国際ソロプチミスト岐阜

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国際ソロプチミスト岐阜ー職業に携わる女性による世界的組織の奉仕団体による岐阜でのチャリティー講演会で、「自分らしく生きるためにー少女たちに夢と希望をー」という講演をさせていただきました。きれいな会員の女性ばかりで、びっくりしました。岐阜は美女が多いのでしょうか?岐阜には、女性の笠松刑務所があり、国際ソロプチミスト岐阜の皆さんは、笠松刑務所にも、お力を注いでいらっしゃるそうです。私も取材見学に、また身元引き受け人をしていたとき、面会に行ったこともあります。今日は、私が一年間毎週通った女の子の少年院での話を中心にさせていただきました。家に居場所がないと思った子供が外に居場所を求めます。そこに子供達を狙った悪い大人の男達が近づいてきます。その男達は話をいっぱい聞いてくれます。だから少女たちは、心が傾きます。だって、親も先生も話を聞いてくれないのですから。子供たちが悪いのではありません。まず家庭です。今の子供達は、大人に気遣いして、心配かけまいと、なかなか大切な話をしてくれません。何かあれば話
してくれると、受け身でなく、親がお子さんのことをよく見ていて、ストレスサインを逃さず、話かけること、聞いてあげやすい状態を作ることが大切だと思います。マスコミは学校ばかり責めます。でも大切なのは家庭です。いい子のふりしてないか、心配かけまいと、一人で頑張りすぎてないか、よく見ていてあげて下さい。同じことは職場でもあると思います。一緒に働いている人が、実は、とても悩み苦しんでいるかもしれません。遠くから見ていてあげるのも優しさの一つですが、「おせっかい」と、言われようとも、声をかけてあげて相手に心を開いて貰おうとするのも、大事な優しさだと私は思います。すぐそばで、世話をやかれたり、見守って貰えたら、「一人じゃない」と、感じられ、本当は嬉しいのです。

名古屋・味噌煮込みうどん

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今日は、花粉も黄砂も凄いですねぇ。目の前で、コートを脱ぎ着されたり、髪の毛をいじられたりすると、コートや髪に付着してる花粉や黄砂をいっぱい吸い込んでるんだなと、つい離れたくなります。。味噌煮込みうどんが大好きで、名古屋にくると、名古屋駅下のエスカで、いただきます。写真は大盛り。いつも大盛りです。私は行のために、99年から肉絶ちをしているので、名古屋コーチンは抜きです。ネギは神仏様がお嫌いなので、ネギも抜きです。ちょっと殺風景です。大阪だと「メイン食材のチキンなしなんて、何か代わりにお入れしましょうか?」と来るところですが、さすがはバブルに乗らず潰れなかった名古屋!合理的なので、そんなことは全く言って貰えません。でも、高校時代も好きで、よく行ってました。高校時代、自分で売り込んで東海テレビで、レギュラーの仕事を二年半、させて貰ってました。それを思い出すと、今、私の身近で、一度は諦めたものの、やっぱりデビューしたいと、夢に向かっている女性を思います。私が、苦しんでいる女性、悩んでいる女性が
、気楽に立ち寄れる駆け込み寺を開きたいと思い、池口恵観大僧正の弟子になり得度をしたのが、ほぼ人生の折り返し地点。それから八年かかって僧侶になり、三年かかって住職の資格を取り、また7年かかって高野山大学大学院を修了し。。でも夢はもっともっともっと先です。今でなくても大丈夫。人は必ず咲きどきがあります。咲きどきが来なければ、うまく行きません。焦らずに、自分の咲きどきをその手で掴むまでは、どの世界でも、努力や修行のすばらしい機会を与えられているということなのです。遅すぎることはありません。焦らないで下さい。あなたの歩幅で一歩前へ。人と比較しないで、あなたの生き方、歩み方で行きましょう。

ホテル・大分オアシスタワーホテル

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明日は大分県の国東市で男女共同参画講演会です。

大分県内にある石鎚山の神社でお詣りをさせていただきました。
大分というとオアシスタワーホテルが大好きで、長年利用してます。
長い電車の旅のため、美味しいミルクティに飢えて、チェックインをすませると、部屋にも行かず、ラウンジに直行しました。

アールグレイのくせのある香りにうっとり。。心がくたっとなります。穏やかな心を保つには、まず美味しいミルクティ。
昨夜は、空(くう)ちゃんが隣で狙ってたので、ミルクティのがぶ飲みになってしまいました。
私はコーヒーがアレルギーで飲めません。大学四年の頃、三年半バイトしたマクドナルドをやめて、銀座にある喫茶店でバイトしてました。
そこにお金持ちの奥様が、働いてみたいとバイトにきてました。
私がコーヒーが飲めないと知ると、「皆が飲めるものは飲めないと」と、言われ、唇を噛む思いをしたことがあります。(コーヒーが飲めなくても非難されない人物になりたい)と思いました。

四年後、極妻を週刊文春で連載したあと、ある出版社の小説担当の方々と、歌舞伎町に行きました。
そこで出会った出版社のお知り合いのカタギのおやじが酔っぱらって、「アルコールアレルギー?酒の飲めないヤツが作家なんかになれるか!」と、からむので唇を噛みました。(ようし!お酒の飲めない作家になってやろう)と思いました。

半年後、極妻が映画になると決まってから、インタビューに来て下さった男性記者たちが、よく「酒を飲まないで、人の心に入れないでしょ。酒を飲むと喋りたくなるものです。アレルギーでも、少し酒を飲む練習をした方がいいよ」と、言われたときは、唇を噛みませんでした。
「お酒を飲んでない時に、泣きながら語るこそ、誠実な真実ではないですか?私はそこまで信頼関係を築きますが、お酒飲ませないと喋ってもらえませんか?」
これで私はまた生意気とバッシングを浴び続けました。

でも悪いことは続きません。やなこと言われたら、次は嬉しいことを誰かが言ってくれるはず。嫌な思いが深いほど、深い喜びがくるんだから、もっと傷つけられても大丈夫。こうして、やなことを言って下さった人々が、逆境に強い私を育ててくれたのです。

ミルクティを飲むとよく、銀座で言われたコーヒーのことを思い出し、おかげさまで、と感謝です。

榧(かや)の木の線香

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高知県在住の方から、榧(かや)の木の線香をいっぱーーいいただきました。

高知市相生町の「榧の森」さんが作られた「榧」の線香は50%も榧を使っているそうです。
だから、この線香を焚くと、森林浴をしているような自然の木の香りに包まれます。
その前に、先日、榧の実もいただきました。焼いたピーナッツのような胡桃のような香ばしい、でもピーナッツほど洗練されてないとこがまた自然で魅力ある味でした。

遍路で山の中や上流の川に沿って歩くことがあります。私は夕方歩くのが大好きです。
家々に灯りが灯り出したり、犬の散歩をされてる姿や、人々の生活を見ることができます。
そして、色々な匂いもします。木々の香り、夕食の準備の匂い、お風呂掃除の匂い、庭の枯れ葉を燃やす匂い。。。榧の線香は、そういう山の中にいる気分にさせてくれます。

灯りが次々と灯って行く景色って、本当にすてきです。
この家は置いてある自転車から、小学生の男の子がいるけど、今、お母さんに学校であったことを話しているのかな?
この家は、おばあちゃんの一人暮らし。病気になったらどうやってお医者さんに行ってるの?
赤ちゃんのいるこの家は、若いご主人は漁師さんかな?洗濯物からして。。とか、
このアパートのこの部屋は若い男女が住んでいる。結婚してるのかな?など家族を考えながら歩きます。

帰るところがあるって、いいなあ。。と、灯りを見ていて感じます。
そして私も家で待っていてくれるネコたちを思い浮かべ、にんまり。。早く会いたいなあと思いながら、温かな気持ちで、歩を進めるのです。

水行(すいぎょう)鳴門海峡

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夜になってから水行をしました。行仲間六人で海に入りました。

今回は新人が二人いましたが、終わってから頭痛や気分悪さもなくなり、体が軽くなったと言ってました。でも寒くて寒くて、手足の感覚がないので、水に濡れた白着を脱いだり着替えることが、なかなかできなくて、みんな震えながら笑ってました。
いつも私は一人行なので、寒すぎて頭が真っ白にならないように自分に声をかけていますが、同行(どうぎょう)する時は、あまりに寒いと笑いが出てくるようです。
着替えがうまくいかない、足が震えてて靴下がはけない、そんな自分に対して笑いがこみ上げ、人を見ると、同じように面白い姿をしてるので、また笑えて。。
皆との行は、広い範囲で、しっかりとした結界を作ることが大変ですが、終わったあとの鍋料理がとっても楽しみです。
今週は私は4日連続水行をすることになります。
今日の分を合わせると、7日のうち5日水行することになります。が、毎回、行は違うので、決して慣れることはありません。
いろいろ削ぎおとされて、きれいな目をしている海行デビューの二人を眺めながら、私も初心に戻らせていただきました。
初心に戻ることは、ステップアップすることより、難しいことなのかもしれません。
でも新人二人によって、私は初心を見つめる機会をいただきました。ありがとうです。

未だに私は、極妻(ごくつま)の取材の時を思い出します。

大変な大変な、まるで暗いトンネルの中を光が見えないのに歩き続けているようなものでした。でも未だにしっかり思い出すのは、原点だからでしょう。
壁にぶつかった時は、原点帰りのチャンスです。
喜んで原点にもどり、自分を見つめてみましょう。

吉原遊女の供養

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1923年9月1日正午前、関東大震災がありました。

浅草一体は火で包まれ、吉原遊郭にも火が移ってきました。
遊女たちは火に囲まれ、逃れるために池に飛び込みました。次から次へと飛び込み溺れ。。
500名以上亡くなりました。

その池のあった場所で、14年前から毎月、遊女の供養をさせてもらってます。
観音様と弁財天様は撮影できませんから、写っているのは敷地の一部です。
浅草千束三丁目にあります。
浅草七福神に弁財天様は属します。ぜひお詣りにいらして、郭から出ることなく亡くなった500名ほどの遊女たちを弔ってあげてください。
今日の供養は、太陽が時折、顔を見せて下さり、寒くて体が固まっている中、暖めて貰えました。2月の供養は毎年、雪の日が多いのですが、今日は陽光まで浴びさせていただき、とても嬉しい気持ちで、お経をあげさせていただきました。

浅草駅からはタクシーで、ワンメーターくらい、地下鉄入谷駅なら徒歩10分くらい、国際通りに向かって歩いて下さい。

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